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Photo du Jour
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| photo: sk |
by cherchemidi | 2006-09-30 10:31 | photo
Photo du Jour
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| Tokyo Riverside | photo: sk | GR DIGITAL |
by cherchemidi | 2006-09-29 04:08 | photo
JUST LIKE HONEY
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| THE JESUS AND MARY CHAIN |

昔の写真を整理していたら、10代の最後をヨーロッパで過ごそうと、パリとロンドンに渡った時期の写真がいくつか出てきた。さすがにそんな記念写真をスキャンしてここにアップする勇気はないのだが、その時期の僕はといえば…パリの街でJESUS AND MARY CHAINのTシャツを誇らしげに着ていたことだけは告白しておこう。
ジム・リードのように髪をチリチリにしたこともあったが、やっぱり僕にとってのカリスマは力なくドラムを叩くボビー・ギレスピーであった。YOU TRIP ME UPとJUST LIKE HONEYのビデオはすり切れるほど見た(そもそも西新宿で手に入れたNTSC変換とコピーを重ねたブートレッグのヴィデオは最初からすり切れたような映像だったのだ)。
さて、話は前後して、先日、マスターこと小山田先生と話した際に、かつてはジーザス、プライマル、マイ・ブラの3つが僕のフェイヴァリットだったのに、しばらく会っていない間に、それがダフト・パンク、エール、フェニックスになっていた…という話になった。さすがのネオアコ先生の場合の当時の3大ファブはペイル・ファウンテンズ、アズテック・カメラ、オレンジ・ジュースだったわけで…(改めて本人から聞くと感激!)それはさておき、僕の3つのファブが入れ替わる直接の要因はこのJESUSのTシャツを着てパリを訪れたこの旅にあったというのも因縁めいていなくもない…と思えてきた。
ひさしぶりに7インチレコードで聴いたJUST LIKE HONEYはやっぱり名曲だった。
by cherchemidi | 2006-09-27 21:40 | de la musique
L'ÎLE ET ELLE
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| photo: sk | FONDATION CARTIER |

写真はカルティエ現代美術財団の裏庭。
緑の庭をガラスの塀で道路と区切った建築家ジャン・ヌーヴェル…の話はここでは書きません。

年末に向け猫沢エミさんの本がまた二冊発売されることになり(おかげさまで「パリ季記」はいまだ好評で、再度増版されたとか!)また今回も撮影&装丁を担当させて頂いてます。
そんな彼女の新しい本の中でパリのミュゼ巡りという企画があり、カルティエ現代美術財団のミュゼへ。アニエス・ヴァルダのエクスポが行われていると言うのを聞いており、これは逃せないと思っていた矢先のいいタイミングで。

この展示会、映画監督アニエス・ヴァルダの回顧展といったようなものではなく、彼女が長らく愛してきたという大西洋岸の島、ノワムティエ島からインスパイアされたインスタレーションと映像作品で構成されたもの。タイトル「L'ÎLE ET ELLE」(島と彼女、IL ET ELLEにかけて…)のタイポもかわいらしい。
いくつかのスクリーンでは夢中になりすぎて、取材に来たのを忘れてしまうほどに彼女の映像作品を見入ってしまった。全体を通して彼女のとらえる海は、とても深遠でときには物悲しくもある。実は彼女の近作の「落穂拾い」はちゃんと観ていない(よく寝てしまった)のだが、その落ち着いて深い映像の印象は共通していた。
よく人生やら何やらを四季に喩えたりもするが、明らかに彼女の映像から感じるのは秋から冬。
コリーヌ・マルシャンを撮り、ルグランが歌った「5時から7時までのクレオ」、その季節は明らかに早春だったはず…。
秋が深くなったら今度は寝ないで「落穂拾い」を観てみようと思う。

この「L'ÎLE ET ELLE」は10月8日までカルティエ現代美術財団にて。
by cherchemidi | 2006-09-22 17:38 | j'aime le cinema
PLAYROOM
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PLAYROOM, La Fabrique
今回は直前にPlay Paulが来るかも、なんて話もありましたが、なくなりました…。

これとは別に今夜は岩村学さんのパーティにもDJとして誘われてました。
なぜかREADYMADEな夜が続きます。
それと長谷部千彩さんの「有閑マドモアゼル」が文庫で発売されておりました。
あとがき・解説、片岡義男というのがきました…。

by cherchemidi | 2006-09-21 06:55 | de la musique
5:55
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| www.charlottegainsbourg.fr |

「シャルロット・フォーエヴァー」から20年。シャルロット・ゲンスブールのニュー・アルバム「5:55」はエールがプロデュースしている。
エールのニコラとJBの2人に最後に会ったのは2005年の2月。ちょうどその週の半ばからシャルロットがスタジオに来るのだと言う話を聞いたのを覚えている。そして、その時、僕もそのスタジオをのぞきに行きたいなどと素直にリクエストするほど自分が大胆ではなかったことを、その後何度か思い出して後悔もしてみた。
遡ることさらに数年。シャルロットには一度、冬の日曜日、7区のバック通りですれ違ったけれど、もちろんちゃんとは話せなかった。
さて、先行でリリースされたシングル盤のレコードに、はやる気持ちを押さえて針を落として、ともかく歌手としてのシャルロット・ゲンスブールの復活を手放しでよろこびたいところだったのだが…。
「I saw somebody ....」、、、、英語で歌われるそのシャンソンには少なからずがっかりしてしまった。別段エールの「Cherry Blossom Girl」や「Surfing on a Rocket」さらに「Sexy Boy」が英語だからといってがっかりした覚えはない。むしろ彼らのインターナショナル・パリジャンな音楽が大好きなのは、いまさら改めて書くまでもない。ジャーヴィス・コッカー(PULP)とニール・ハノン(ディヴァイン・コメディ)というロンドンながらもパリ臭の強い2人が参加してるせいなのか…、シャルロットの意向なのか…、(いやこれはBECAUSEがワーナーUKにライセンスして作ったというややこしい仕組みのせいだったのか…)、事情や理由は分からないけれど、ともかくシャルロット・ゲンスブールがフランス語で歌う新しいシャンソンが聴けなかかったことには、いちファンとしては残念…(B面のタイトルなんて「JAMAIS」なのにね)。ファイヴ、フィフティ・ファイヴじゃなくて、最初から最後までサンカー、サンカン・サンクで聴きたかったのです。
ニコラ・ゴダンとジャン=ブノワ・ダンケルにジャーヴィス・コッカーとニール・ハノンを足してようやくセルジュに到達したのであろうか? 
いや、誰にでも自然にわき起こってきてしまうであろう、この比較なんていうのは決してするものではない。忘れてしまおう。両者に失礼であるし、主役である彼女に失礼であった。
あれは1986年で今は2006年だ。エールのサウンドと儚いシャルロットの歌声のアンサンブルは申し分なく素晴らしく、2006年の秋から冬の空気を思い出すための音楽になることは間違いないのである。
そしておしゃれの検索キーワードとして、デヴィッド・シムズとニコラ・ゲスキエールという名前もどこかに記しておかなくては…。
「シャルロット・フォーエヴァー!」その気持ちはまったく変わっていないことだけは、この1枚のレコードで証明されたのである。
by cherchemidi | 2006-09-21 05:55 | de la musique
Photo du Jour
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| CDG 2F, Roissy-Paris | photo: sk | GR DIGITAL |
by cherchemidi | 2006-09-20 18:16 | photo
Une Semaine Blanche
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| photo: sk |

北青山・紀ノ國屋跡「One Week in White 白の一週間」
by cherchemidi | 2006-09-14 09:41 | photo
From Nakameguro ...
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| CORNELIUS | photo: sk |

中目黒、中の橋にて

新しい観光名所
by cherchemidi | 2006-09-13 15:05 | photo
Triangle
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| photo: sk | GR D |

ルーヴル美術館。パリのど真ん中にありながら、その中にはもう10年以上もはいったことがない。例の「ダ・ヴィンチ・コード」はパリが舞台だからという、いつもの言い訳とともにうっかり読破してしまい(さらには映画版もうっかり初日に観てしまい…)、それ以降はルーヴルのあのピラミッドを見るたびに何かの象徴めいたその記号性が気になってしまう。夜に通りかかって記念写真を撮るわけでもなく、ついついピラミッドを撮ってしまうという愚行もその一環。
そもそも、はじめてこの場所に立った10代の夏の日には、ルーヴルからチュイルリー、コンコルドを貫きシャンゼリゼを通って凱旋門まで一直線でつながるというダイナミックな都市デザインに圧倒され、明らかに僕の目には異質に写ったであろうはずのルーヴル宮とピラミッドのアンバランスさは気にも留めていなかったような気がする。もう15年以上も昔。
革命200周年を記念した1989年、ミッテランのグラン・プロジェによって登場したこのピラミッドは、当時、「パリの顔に刻まれた大きな傷」とまで言われたようだが、そのピラミッドと同時に誕生した新凱旋門(グラン・アルシュ)の2点によって結ばれた東西にのびるダイナミックな一直線は、傷というよりはむしろ「パリの脊髄」を強化したような素晴らしいプロジェクトだったように思う。
とは言え、ダ・ヴィンチ・コード的な解釈を与えられたことによって、それまでもパリに満ちていた象徴学的なファクター、ことにミッテランのグラン・プロジェが新たな興味対象になったことは間違いないが…。

先日。ダフト・パンクのステージのトライアングルを見て、すぐにルーヴルのあのピラミッドを想起してしまった…なんていう強引なオチではまとめようもない…、壮大なお話にひろがってしまいそうなのだけど、とりあえず。
by cherchemidi | 2006-09-07 12:22 | monologue



par 梶野彰一
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