カテゴリ:monologue( 49 )
Jamais Ennui en Europe
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確か一年ちょっと前だったか、友人にこの本を手渡された。ヨーロッパに旅することが多いので(といってもフランスだけなのだけど)旅先で読んでくれ、と。
どういうわけか、自分は昔から読書家と勘違いされることが多いのだけれど、実際のところはといえば、冒頭しか読まないままで放置されて本棚にしまわれてしまう本がほとんど、というくらいに活字と接していない。さらに旅先でとなると、ますます本を読まなくなる。
考えてみれば、ヨーロッパで退屈したことは一度たりともない気がする。なんらかのお仕事がある最近ではもちろんだけど、時間はあってもお金がなかった学生時代の放浪の旅でさえ、ヨーロッパのあらゆる街で「退屈」を覚えた記憶がない。
そんなわけで、友人の言いつけに従って、毎度毎度フランスに渡るときはこの本をバッグに入れておいたのだけれど、なかなか読みすすまなかった。エッセイの集積みたいな一冊なので、機上や車中ではもちろんのこと、ホテルでの寝る前のひとときや、カフェでひとりで…など、文庫本のページをめくるタイミングはたくさんあるはず、なのにである。よっぽど本と相性が悪かったのか。
この度、この本とともにようやく4度目のヨーロッパ旅行にしてようやく読破した。読破、読了、とかいう言葉が似つかわしくなく、ようやく最後のページまで読み終えたわけであるが、それは結局ジェットラグの上、通路側の席に座ってしまったことで、眠れないまま過ごさざるをえなかった機上でのことであった。
伊丹十三に関しては、僕が今さらとやかく語るまでもなく、粋な考え方をしっかり持っていた人だったようで、60年代後半との時代のずれはあれども、ニッポンと欧米の文化のズレの的確な指摘はいまでも充分に有効なのである。
その友人に、これを読み終わったら読んでくれといわれていた「女たちよ」は、実は、先に読んでしまった。こちらはヨーロッパ旅行限定で読もうとしなかったせいである。


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by cherchemidi | 2008-01-22 23:44 | monologue
Naufrage En Hiver
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| photo: sk |


さて、冬のパリ。
パリでは所縁(ゆかり)のある「通り」や「地区」というものが自然と出来てくるものだ。リヴ・ゴーシュにとり憑かれたようにして、パリに溺れた僕にとっては、一番の所縁の地はと聞かれれば、サンジェルマン・デ・プレ裏のあの辺り…としておきたいところ。実際ヴェルヌイユ通りは「巡礼する」という表現さえ過言ではない聖地である。

本当にシックなのは6区ではなく7区、そう思うようになったのは実は最近であって、最初は何もなくて不便な地区、くらいに思い込んでいたのだけれど、実のところ、その何もなさこそがスノッブたる所以であったわけだ。
以前このあたりに住む友人に最寄りのコイン・ランドリーはどこにあるのかきいたことがある。「ここは9区や18区やじゃないから、コイン・ランドリーはないよ。だれも洗濯しないからね」と笑い飛ばされた。どうりでこのあたりはクリーニング店がパン屋と同じくらいあるわけだ。最近の7区信仰はこのスノッブな友人、ムッシュ・デルベスの影響に依るところが大きい。
そういえば、お気に入りだったパン屋がこの夏につぶれてなくなった。バック通りとヴェルヌイユ通りの角。その角からすぐには2軒のクリーニング店があるが、事実どちらもいつも忙しそうなのである。ここにシャツもシーツもまとめて持っていくのだ。

奇遇なことに、以前によく借りていたトゥーサン一家(ブリュッセル在住)の所有するアパルトマンと僕に部屋を貸してくれる、ムッシュ・デルベスのアパルトマン、その2つの交差するところにあったのが、そのパン屋だったのである。

ここ数年はどういうわけか3区にばかり縁がある。北マレの辺り、ブルターニュ通り。今も深夜のその通りにいる。奇遇にも、ここもつい半年前まではパン屋だった角。そのパン屋もこの夏につぶれてしまって、ちょっと鼻につく感じの(なのにパリにしてはやけに気の利いた)おしゃれなカフェが出来た。

(唐突ですが今日はここまで…、つづく)

ところで、写真はバック通りにもブルターニュ通りにも関係のない、そして最近は縁遠くなった9区の大通り、朝の散歩中に。
by cherchemidi | 2008-01-21 08:10 | monologue
SUD

革命記念日をさかいにパリは空っぽになる。
という定説は、ヴァカンスが短くなった、と言われる今のパリでさえ事実のようだ。
こと滞在していた7区は、もう13日にはすっかり観光客しか残されていないような雰囲気だった。

さて、ヴィアンを仰ぐものとしては、14日からのヴァカンスは遅すぎる。
太陽の出ない7月初旬のパリに嫌気がさして、南へと進む。
いつもならコートダジュールへは飛行機と決まっているのだけど、
TGV地中海線でダイレクトにニースまで行けるようになったので、今回初めてTGVで南へ向かうことにした。

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マルセイユを過ぎて、トゥーロンへと向かうあたりで車窓から一面にあの青が広がった。
地中海を見るのは、確か3、4年ぶり。コートダジュールへのヴァカンスは6年ぶりだった。

5時間以上の列車の旅は、苦痛でもなんでもない。
プロヴァンスの風光明媚な石灰の山並みを抜け、
後半はずっと地中海の青と海面に反射する太陽の光を見てさえいればいいのである。

ニースではサシャ・ギトリの邸宅だったという小さなホテルを予約してみた。
海は見えるが、ビーチのそばではない。ビーチから30分以上歩いた丘の上。
ニースでビーチのそばに滞在する必要は無い。
海が遠くに見えればそれでいい。むしろその方がいい。
誤解を恐れず断言するなら、僕は決してニースが好きな町ではないのだ。
ビーチ沿いに広がる大きな通りに、Promenade des Anglais(英国人の散歩道)、Quai des Etas-Unis(合衆国の海岸)などという通りの名前がつけられていることからも察することが出来る通り、ここは外国人観光客のための一大リゾート保養地なのである。ギャラリー・ラファイエットさえ並ぶ目抜き通りはもちろん歩く用はない。夜のディスコテークに行くわけもない。
旧市街を歩いているときでさえも、僕が勝手に思い描く「ニース」の町はなかなかみつけられないのだ。
ただあの青のグラデーションを目にしてしまうと、英国だろうが合衆国だろうが関係なくなる。
コートダジュール(紺碧の海岸)という名前の通り、その海は紺、青、碧、蒼、藍が見事に入り交じって僕の目を踊らせる。
この海岸沿いは、ほんの数分、電車で移動しただけで海の色は違う。波も違う。
濃紺と水色の激しいグラデーションに白く泡立った波が交じる、このニースの海の色はことさら素晴らしい。

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| NICE | photo: sk |
by cherchemidi | 2007-07-18 21:55 | monologue
le sanctuaire
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沖縄に滞在したのは5月のひと週末だけであったし、雨には当たらなかったものの、あいにくの天候であった。さらに誰かと一緒に休暇を楽しむような旅でもなかったわけであるが、東京に戻ってからというもの、無性に沖縄のことが頭に浮かんで来るのである。

その午後、夕方まで自由な時間が出来たので、僕はレンタル・バイクを借りることにした。スターバックスやタワーレコードが並ぶ那覇市内を見たいとは思わなかったが、海に向かうには、準備がなさすぎた。

沖縄の方がこれを目にして気を悪くされては申し訳ないのだが(先にごめんなさい)、素直な感想、沖縄の“日常的な”景観というは、素朴であるという点をのぞいてしまえば、“南国”とか“リゾート”という典型的イメージをさらりと裏切るかのようである。殺伐としていて、そのグレーのブロック、コンクリート色の道路、そして古びてサビついた看板や、大都市と全くかわらないチェーン店の並ぶ様は、僕の気持ちを落ち込ませる。

そんなわけで、手にしたありきたりのガイドブックをみて、ふとここを訪れてみようと思ったのである。

ここ「斎場御嶽(セイファーウタキ)」は世界遺産にも指定されているとのことであるが、畏れ多くも「斎場」も、「御嶽」も、その時点まで読み方さえも知らなかった。琉球で最高の聖地ということで、僕は文字通り何かに引っ張られるような気持ちで東へ東へと灰色の道路を走る。時々地図をみて、確認してみるも、それは間違えようもないルートで、途中寄り道をしてヤギに出会ったりしながら1時間ほどで僕はそこに辿り着いた。

生い茂る森への道に入った瞬間に、そのすごい厳かな空気に満たされ、不思議な安心感を得る。「世界遺産」という仰々しさは全くないものの、やはり週末だけに何組かの観光客がいる。その観光コースとして公開されている斎場はさほど広い範囲ではないのだが、ぐんぐんと奥へ奥へと足が吸い寄せられるような気を感じる。その最も奥にあったのは巨石と原生の緑で、何組かの観光客がその場を去って、一人になるのを待ってみた。ゆっくりと写真を撮りたかったわけではなく、とにかく、静かな中で森の音だけに包まれるのを待ってみた。明らかに外とは違って、空気は湿度を帯びて重く、同時に澄んでいるのを感じる。そして森、土と緑のにおいに満たされる。ちょっとした風でざわざわとすり合う木々の音と、何の動物か分からないが遠くからは鳴き声が響き、虫の声さえ聞こえる。どのくらいいたのか分からないけれど、とにかくその静寂に、ある種の恐ろしささえ感じさせられ、そこを去った。

そして、ガイドブックに載っていた写真の通りの、巨石が寄り添って出来た三角形の空間を目の当たりにする。ファインダー越しにその岩をみると、奥からオーラのような光線が刺してくるのが見えた。残念ながらそのままフィルムには焼き付けられてはいなかったのであるが、あのファインダー越しの光線は特別であった。さらにあとで分かったのだけど、もしかしたらまさにこの場で、少々奇妙なことが起きていたかもしれない…(やっぱり考え過ぎかも知れないので、書くのはやめておこう)。

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そのダイナミックな巨石の隙間をくぐり抜けると広がる礼拝の空間。緑が重なった先のハート状に開いた覗き窓からは、湿度にかすんだ中海が見渡せ、かすかに島も見える。情けないことに、後になって何かを読んで分かったのだけど、実はそれが神聖たる「久高島」であったのである。何枚かシャッターを切ったが、こうして後になってみても、どうしてもその場の空気までは伝わる写真が撮れていない。そのなんとも荘厳で神聖な空気…。

さらに斎場を後にする前に、どうしてももう一度と思って、奥の森の中の広場へ戻ってみた。今度はそこにはもう誰もいなかった。肺の奥まですべてをその空間の空気に入れ替えるほどに深呼吸をする。

僕はうっすら淀んだ雲の下で、何か不思議な充足感を感じて森を後にした。そして坂を下り、海岸沿いの道に出たタイミングで、強烈な夕日が雲の隙間から僕の目を刺してきたのであった。
開かれたサンクチュアリィ。こんどあの森の空気を思いっきり吸えるのは、いつのことであろうか。そのときは、改めて海に浮かぶ「久高島」を見てみたいと思う。

さて、この数日僕を襲う沖縄への郷愁にも似た思いはいったい何なのか。太陽の輝きの下、青い海を見たい…という、これまでのような単純な楽園憧憬とは違った何かを感じて、僕はあの湿度を懐かしんでいるのである。

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| 斎場御嶽, 沖縄 | photo: sk |
by cherchemidi | 2007-06-07 04:04 | monologue
entrave
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| Place des Vosges, Paris IV | photo: sk |


4月下旬にして初夏のようなパリで僕に与えられたのは、「パリを歩く」ことが任務の80%とでもいえそうな、ありがたいお仕事だったのだけど、以前に書いたエディ・スリマンによって与えられた足かせ(ヒールブーツ)はもちろん、セルジュ・ゲンスブールによって与えられた足かせ(もちろんレペット)もまた僕の「パリを歩く」のを容易でないものにした。
レペット、正確にはセルジュによる足かせならば「ZIZI」を選ぶのが正解だが、昨年「SENSUOUS」以来の「JAZZ」ブームで僕の足下は新調したばかりの昨年から数えて3足目となる「JAZZ」であった。歩き方がきれいではないせいか、僕はすぐに靴をダメにしてしまう。そんなわけで、先日また次の「JAZZ」を前もって買っておこうと訪れたラ・ペ通りのレペットのブティックにて。「あなた、その靴で外を歩いてきたの! だめよ、それはダンスをするためのシューズで外をあるくなんてもってのほか…。外を歩くならZIZIをお買いなさい」。「いえいえ、ZIZIも何足も持ってます。でもマダム、最近は日本でもパリでもZIZIではなく、JAZZを外で履くのですよ」と僕。さらに訳知り顔の別のムッシュが近づいてきて「ほら、あれだよね、ディオールでJAZZをコピーしてるんだよね」…。「さて、ムッシュ、サイズはいくつ?」という経緯でようやく僕は外履きを容認させた上で42の「JAZZ」を用意してもらうのである。もひとつ、うんちくを書いておくなら、このJAZZにも2種類あって、日本で一般的に売っているプラスティックのソールのものではなく裏革のようなソールが張られたものの方が、より裸足に近くて、僕は好みである。
さて、そんなレペットかディオールか、いずれにしてもパリに似合うと思い込んだ靴で、一日中、パリ、正確には、マレ地区とオペラ周辺を歩き続ける。
そんな狭い地区を歩くだけで、パリはよく知り合いに会う。まさに村感覚…。さっきバイクで走ってる時、見かけたよと、パリの友人から連絡が入ったり…。驚いたのは、ある午後、アシーヴ通りを待ち合わせに歩いていると男から、とっさに英語で声をかけられた。ん、英語? なんと、オーストラリアから来ていた友人2人であった。いや、僕はオーストラリアに友人などいる理由もないのだけど、フェニックスの日本ツアーでヴィデオ・クリップを制作するために同行していたヴィデオ・クリューだったのだ。(その「Napoleon Says」のヴィデオはまだ正式に公開されていないけれど、日本でのステージやオフ(あの名古屋城もカラオケも…)の模様を写真で連写してムーヴィーにしたもの。一週間ほど毎日会っていた仲だったけれど、彼らの名前も忘れていた。ゴメン。)彼らはパリでDigitalismの「POGO」のヴィデオをパリで制作しているのだという。電話番号を交換してそれぞれのランデヴーへ。ゲイのメッカともいえるマレのその通りで、たまたま滞在中の日本人とオーストラリア人がすれ違うのは、偶然ではなく何かの必然だろう。
パリを歩きすぎたその旅の後半には、もう足の裏が我慢ならずタンプル通りで衝動的にエスパドリーユを新調してしまうハメになる。12ユーロ。海岸ではなく、街歩きによって早くもほんのり日焼けしてしまった僕に、エスパドリーユを履いたあの素足の感触が早くも夏の到来を思い起こさせてしまうのである。


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| Promnade d'Australie, Paris XV | photo: sk |
by cherchemidi | 2007-05-10 15:21 | monologue
La Tour ~ Queneau et Moi ...
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| photo: sk |

エッフェル塔 
〜クノーとボクと、時々、エディ、さらにモーパッサンも〜

日差しが気持ち良い日曜日、僕の足がエッフェル塔に向かったのは、間違いなく何かのオブセッションのせいだ。それも何の迷いもなく南の橋脚へ。すなわちエレベーターの長蛇の列ではなく、階段でその塔に昇る人のためのエントランスのある橋脚である。
さほど長くはなかったが、日曜とあって行き場を失った観光客(僕もまったくそのひとりなのかも知れない)が列をなしている。案の定、センシビリティの欠けたアメリカ人が徒歩でエッフェル塔に登るにあたり、周囲の同胞(だいたいは腰の高い位置にウエスト・ポーチをさげている)に向かって大きな声で話している。ヨーロッパなまり(NOT 英国なまり)の英語しか理解できない僕でさえ、その内容のない英文は、右耳から入って左耳へ受け流せず、脳が勝手に翻訳してしまうほど容易なものだった。そのアメリカ人はこの列が階段で昇るための列であることを、セキュリティのムッシュやら、同じ列に並ぶ初対面の同胞人やらに繰り返し尋ねて確認するのである。最後にはチケットを買う段階になって窓口でも同じ質問を繰り返したとき、僕の侮蔑は最大のものとなった。
そんなことに気を取られていてか、あまり気にもならなかったのであるが、その大観光スポットの列に日本人の姿がなかったのはなぜだろう。階段だからではない。エッフェル塔の展望フロアにさえ、中国人はいれども日本人の姿は見かけなかった。賢い日本人は「エッフェル塔からパリを見下ろしたときの物足りなさ」を承知しての事だったのだろうか。
僕は700段の階段を駆け上がった。それもあまりに唐突にエッフェル塔を訪れたために足下にはエディ・スリマンによる試練の足かせ——初夏のような陽気に不似合いなヒールのブーツ——が施されていたままであったのにも関わらず。階段で昇って、階段で降りる、というのは実は初めてだ。そもそも数えきれないほどパリに来ておいて、この塔に昇ったのも、数えるほどしかないはずだが…。今回はちょうどパリに向かう直前にフランス映画の原稿を書くために「地下鉄のザジ」を見たのが、そのオブセッションに関わっていたのは間違いない。それを自分で分かっていながらオブセッションと言ってもいいものかは別として。忠実な「ザジ」のファンはリフトであがって、階段で降りる。これまではちゃんとそれを忠実に守って来ていた。階段を駆け上るときに、うかつにもあのザジの映画音楽を思い出して恥ずかしくなった。36歳にして、パリを見渡そうとカメラをかかえて、ヒールのブーツでひとり階段を駆け上がる男、脳内に巡るのは「地下鉄のザジ」であった。
そんな僕にとって、地上から115mという第2展望台までの700段の階段は想像していたよりもはるかに楽だった。
さて、エッフェル塔から眺めるパリは明らかに物足りない。凱旋門が見え、サクレクールが見え、モンパルナス・タワーがそびえ立ち…空は抜けるように青い。間違いなくパリを見渡しているのに物足りないのは、ずばり、その景色にエッフェル塔がないからだ。
確かモーパッサンはエッフェル塔が醜く嫌いだからといいながら、エッフェル塔の上のレストランで食事をしたという。そう「パリでエッフェル塔を見なくてすむのはこの場所だけだ…」というスノッブな言い訳とともに。僕はそこまでスノッブなエクスキューズを思いつくまでもなく、明らかにその鉄塔コンプレックスの被害者である。この鉄塔から見下ろすパリに「物足りなさ」を再確認してアンヴァリッドを見下ろした。そして駆け上ったときよりもさらに速いスピードで、僕は階段を駆け下りるのだ。

(つづく ?)
by cherchemidi | 2007-04-29 03:15 | monologue
Rêverie de Nyakuouji - Alone in Kyoto
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| Nyakuouji | photo: sk |

それが実存していたのかどうかさえ、はっきりと分からなくなる物事があるものです。忘却の果てに…。

銀閣寺から南禅寺へと続く哲学の道の半ば、若王子神社の辺りに忽然と現れる不思議な看板。レンガに囲まれた階段を伝って竹やぶの中を降りていくと、そこには古びた洋館と、雨ざらしで無造作に並べられた数々の彫像と鳥かご…。ヴィーナスから観音様、タヌキまでが無秩序に。そしてそれらに囲まれた洋館はれっきとした喫茶店。

10年は経たない昔だと思う、確かまだ処女小説を書く前の嶽本野ばら氏がその喫茶店に触れたエッセイを目にしてしまったのをきっかけに、僕はどうしてもここに足を伸ばさざるを得ない吸引力を覚えていたのである…。そしてある午後にそこを訪れたはずだ。
季節は忘れたけれど、強烈な午後の光が印象的だった。
ただ、その後、その「若王子」はいったい実存していたのだろうか…、と、ふと頭をよぎることがあった。いや、実のところ、その店の名前も忘却の彼方だったのである。

さてその後10年たらず、京都に行く機会はあれど、南禅寺や銀閣寺に行く機会はあれど、その後、その周辺を通ることはなく、先週ふと思いついて、今一度そこを訪れてみようと思ったのである。
果たして、その奇妙な空間はすっかりそのまま実存した。
風流な哲学の道に、忽然と現れる異質な「若王子」の看板を見て、店の名前を思い出した。そしてその耳慣れない読み方も。
ただそこには「本日は休ませていただきます」という看板が虚しく掲げられており、竹やぶの底へと降りてみるも、奇妙な門は固く閉ざされ、ヴィーナスの彫像は悲しげに項垂れていた。一面にそこはかとなく漂う頽廃の香りは、当時のそれとは比べ物のない異常さ。
もう数週間は人の出入りがないのは想像に易かった。すくなくとも僕の短い観察ではそのように思えたのです…。
それよりもその奇妙な空間に刺す強めの春の午後の光が、静寂の中にも何か起きそうな恐怖感に似た感情を喚起させるので、僕はシャッターを数枚切って、足早にその階段を駆け上った。猫が一匹、茂みの奥で僕をみつめていた。

階段を駆け上がると、ところどころに梅の花が妖しく咲き誇る哲学の道。平日、人通りの少ない春の夕方。
僕が、その場所の存在を確かめようと階段を下りたのはほんの数日前だけど、もうすでにどこか白昼夢のようにあいまいな記憶になっているのである。

もしかしたら本当にその看板通りにその日、休業していただけで、週末はいつものように人でにぎわう遊歩道沿いに、ぽっかり開いたその入り口が人を寄せ付けているのかもしれない…。
京都の方、情報求む。

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by cherchemidi | 2007-03-05 12:59 | monologue
exposée au nord
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| photo: sk | Polaroid 690 |

セルリアンホテル、北に向いた窓。
もやに霞む西新宿。

撮影にて午後をセルリアンで過ごす。
早朝、家を出る時に、撮影…と言うと「撮る方か、撮られる方か」を尋ねられる。
朝、白いシャツを選ぶ行為は、撮られる方だと思い込ませがちのようだ。

海に行くなら、白いシャツ以外は選択肢はないのだが、
なにも近所のホテルに行くのに白いシャツじゃなくてもいいというのも確か。
いいえ、今日も撮る方です。

さて、北向きの窓からの光は光量・輝度が安定しているので、
画家や写真家のアトリエには好まれるそうであるが、
自分は東か南の眩しすぎる直射日光でないと、気持ちが高揚しない。

この落ち着いた北の光の中で小さくなった渋谷のスクランブル交差点を見下ろして、
過酷な現実からの逃避をはかるも、携帯電話の電波からは逃避しきれず…。

ちょうど深夜に下のJZ BratでVANITYのPaul Jamesが仕込んだパーティがある。
Paulのガールフレンド、MikiがDJするとかで、ターンテーブルを持っていない彼女は60分のセット分のレコードをバッグに詰めて、先週、先々週と僕のアトリエでミックスの練習をしていた。

彼らもここに滞在するときいていたので、フロントで部屋番号を探し出す。
帽子の頭文字も、彼のファミリー・ネームも知らなかったので、
滞在している多くのPaulの中から彼を探し当てるのは容易ではなかったはずが…
フロントが最初に電話をつないでくれたPaulが彼であった。

彼らはちょうどひとつ上のフロアに滞在していたので、部屋にお邪魔して夜のはじめのお茶を。
金曜の夜が始まろうとしている六本木や新宿。東京は案の定、空虚に輝いていて、
その後のいくつかのパーティやらの誘いを断るのは、とても正しい判断だったと思う。
目の前に、そのひとつの誘いを提案してくれた張本人はいたのであるが…。

今日も東京はもやの中。
いつまでもビル・マーレー気分が抜けません…。
by cherchemidi | 2006-10-14 06:50 | monologue
Triangle
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| photo: sk | GR D |

ルーヴル美術館。パリのど真ん中にありながら、その中にはもう10年以上もはいったことがない。例の「ダ・ヴィンチ・コード」はパリが舞台だからという、いつもの言い訳とともにうっかり読破してしまい(さらには映画版もうっかり初日に観てしまい…)、それ以降はルーヴルのあのピラミッドを見るたびに何かの象徴めいたその記号性が気になってしまう。夜に通りかかって記念写真を撮るわけでもなく、ついついピラミッドを撮ってしまうという愚行もその一環。
そもそも、はじめてこの場所に立った10代の夏の日には、ルーヴルからチュイルリー、コンコルドを貫きシャンゼリゼを通って凱旋門まで一直線でつながるというダイナミックな都市デザインに圧倒され、明らかに僕の目には異質に写ったであろうはずのルーヴル宮とピラミッドのアンバランスさは気にも留めていなかったような気がする。もう15年以上も昔。
革命200周年を記念した1989年、ミッテランのグラン・プロジェによって登場したこのピラミッドは、当時、「パリの顔に刻まれた大きな傷」とまで言われたようだが、そのピラミッドと同時に誕生した新凱旋門(グラン・アルシュ)の2点によって結ばれた東西にのびるダイナミックな一直線は、傷というよりはむしろ「パリの脊髄」を強化したような素晴らしいプロジェクトだったように思う。
とは言え、ダ・ヴィンチ・コード的な解釈を与えられたことによって、それまでもパリに満ちていた象徴学的なファクター、ことにミッテランのグラン・プロジェが新たな興味対象になったことは間違いないが…。

先日。ダフト・パンクのステージのトライアングルを見て、すぐにルーヴルのあのピラミッドを想起してしまった…なんていう強引なオチではまとめようもない…、壮大なお話にひろがってしまいそうなのだけど、とりあえず。
by cherchemidi | 2006-09-07 12:22 | monologue
AUJOURD'HUI
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「AUJOURD'HUI」(今日)と「DEMAIN」(明日)
TO DO のリストをメモするために、もう何年も前に買ったのだけど、
元来「明日出来ることは明日する」というセ・ラ・ヴィ精神が身に付いた自分のことである。「DEMAIN」の方にメモなんてしたら、やり遂げられないままで、いつまでたってもページはめくられないに違いない。
そんな思いで、いつも「AUJOURD'HUI」に「今日!」やるべきことをメモするも、やっぱり同じページのまま夜を迎え、朝を迎え、気がつけば一週間が過ぎてしまう…。
夏休みの宿題はやっぱり7月中に仕上げておけばよかった…。
いつの頃かと相変わらず同じ気持ちのまま、夏の終わりを迎える。




♪ さあだから早く!早く!
♪ 気がつけばすぐに夏は終わる過ぎてゆく

「ラテンでレッツ・ラヴ または 1990サマー・ビューティ計画」
フィリッパーズ・ギター「カメラ・トーク」(祝!再発!)より

そして夏が終わる前に背筋をのばして超大作ドキュメンタリー「postscript」を読みましょう。

by cherchemidi | 2006-08-29 23:21 | monologue



par 梶野彰一
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et cetera...
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