La Médaille Miraculeuse
東京からパリに着くと、決まって次の日は朝早くに目が覚めてしまう。原因の比率で言うと、それはジェットラグ以上にパリにいるという高揚感のためであろう。

6月下旬、パリに着いて、翌朝も朝日とともに目が覚めた。クロワッサンとノワゼットで軽くプチ・デジュネをとると、すぐに自転車でセーヌに向かってみた。ホテルはマレである。どういうわけか、無性に左岸に渡りたくなった。朝日を浴びるセーヌ河はいつものように美しく、僕は立ち止まってカメラを取り出そうかとも思ったのだけれど、夏の朝の風を切る、その感触が心地よすぎて、自転車のペダルを踏み続けてしまった。
どこへ向かうわけでもなく、7区、リュ・ド・バックのいつものチャペルに着いていた。引っぱられるように。


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7区、バック通りの140番、フランス好きの方には有名な「奇跡のメダイユの聖母の礼拝堂」Chappelle Notre Dame de la Médaille Miraculeuse である。小さなチャペルながら、清楚で幸福感に満ちた場所で、なぜか長年このバック通りに縁のある自分にとっては、足を運ぶことの多いチャペルである。
2月のサルヴァドール氏が亡くなった朝も、僕はそのニュースを知らないまま、この教会で朝のお祈りをしていた。

パリに着いてすぐにチャペルへ向かう。昔なら間違いなく、まっすぐにブティックやらレコード屋やら蚤の市に奔走していた自分であるから、ずいぶん大人になったものである。そういえば今回はSOLDEでも一切洋服を買わなかった。

さて、この礼拝堂の名前にもなっている「奇跡のメダイユ」とは、手を広げたマリア像が彫られたメダルで、なんでも1830年、修道女だった少女カタリナのもとに聖母マリアが3度現れ、そのお告げに従ってメダルを作り、人々に恩恵を授けたのがはじまりだという。この聖女カタリナは亡くなってもその遺体は腐敗しないまま、今もこの礼拝堂に眠っている。

敬虔なカソリック教徒ではない自分に、それほどの奇跡は起きないにしても、このメダイユを身につけていると妙な安心感と幸福感に包まれるのを感じる。最近ではひとときたりとも首から外せなくなってしまった。

この金のメダイユを首からさげている僕に対しては、多くのフランス人が想像以上の反応をくれるわけであるが、その多くは「君はいつから神を信じているのか?」とか「イエスを信じているのか?」といったもの。カソリックが根付いた国において、キリスト教も仏教も神道にも同じように信仰を持つ日本人は理解できないのかもしれない。あるいは「奇跡のメダイユの礼拝堂をよく知ってるね」と感心されたり、「7区のあの礼拝堂だね」という反応もある。
先日、エディ・スリマンに再会した際も、まず最初に話題になったのは「君のそのメダイユは、あのリュ・ド・バックの礼拝堂の…?」ということであった。さらにそのメダイユが、彼自身がデザインしたゴールドのネックレス・チェーンに通されていることに、エディは一目見て気付いていた。

首元のメダイユをなでれば、7区の幸福な礼拝堂の気を感じ取ることが出来る。

神のご加護を感じながら、今日もパンと葡萄酒を頂きましょう。
LA PROTECTION DE DIEU est TOUJOURS LA !


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| photo: sk |
by cherchemidi | 2008-07-23 19:57 | monologue
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par 梶野彰一
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